男を見上げるねこの、大きな瞳がうるんでいた。まばたきもしないその瞳は、ゆらゆらと揺れている。男は、ずいぶんむかしにも、こんな瞳で見つめられたことを思い出した。
「ミーコ」
男がまだこどもだった頃、男の家では一匹のねこを飼っていた。グレー一色の、しっぽの長いねこだった。生まれたばかりのそのねこに、ミーコと名前をつけたのは男の母親だった。母親は、ミーコをとてもかわいがっていた。
男は、目の前のねこに思わず問いかけた。
「おまえ、ミーコか」
しかし、そんなはずはなかった。ミーコは、六歳で死んだ。車にはねられて道端に横たわっていたのを、母親が大切に連れて帰ってきた。まだ小学生だった男は、ピクリとも動かなくなったミーコを、母親と一緒に庭のすみに埋めてやったのだ。男の頭の中を、そのときの涙でぬれた母親の顔がよぎる。
男は、はっとしてねこから目をそらした。
ぐずぐずしているひまはない。勝手口にかぎをかけずに出かけたということは、この家の奥さんは買い物をすませてすぐに帰って来るつもりなのだ。
そのとき、とつぜん玄関のチャイムが鳴った。
ピーンポーン。
(つづく 次回は12月12日配信)
投稿者: おおもり
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